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25、2 ...
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深幸はいつも秋芳を驚かせる。初めて身体を重ねた日から秋芳が深幸にのめりこまない日は一度としてなかった。だが深幸はそんな秋芳を翻弄するように次から次へと難題をしかけてきた。
海藤を立て直して欲しいと先代は秋芳にいった。それは取りも直さず熱海を立て直して欲しいという思いだった。秋芳はその言葉の裏を読み取った。既にやくざなど無用の長物と化した今日、形骸化した組織にはなんの未来もない。秋芳が会社組織の再構成に取り組んでいる間に、深幸はいつの間にか取りまとめた女達を従え、秋芳に要求を突きつけるようになっていた。
女達に安定した生活を、と言われ、秋芳は男達に報酬という名の給料を受け取れるように仕組んでいった。
子供たちに差別されない境遇を、と言われ、男達に会社組織の肩書きを与えた。
が、それを良しとしない男達はいずこへか消えていった。だが女達は深幸の元に残った。
そのため、今度は女達を守るための事業が必要になった。そこで秋芳は廃業した旅館を買い取り、若者向けの民宿に変えた。それまでにはなかった繁華街の民宿は変に受けた。遊びに来て帰れなくなった若者。温泉宿での気楽な日々を過ごしたい者。高い旅館を避けたかった海釣りを趣味とする人々がこぞって利用し、1年で黒字転向した民宿は女達のおかげでもてなしのよい宿として評判になった。
他にも細かいことを挙げればキリがなかった。秋芳が海藤組をまとめて行くのには深幸なしではこの上なく険しい道であったことは否めない。
その深幸が鎌倉へ行くという。宗聖のことは話してあった。夏にあった時、宗聖には何か心に引っかかる女性がいたらしかった。旧盆に宗聖が箱根の部屋を使うと言ってきたことが深幸にも知れた。
宗聖が女性を伴ってそのリゾートホテルに現れたことは既に連絡が入っている。
そのリゾートホテルは西野の父が会員権を持ち、1年を通して確保してあった。部屋の鍵は秋芳と宗聖、そして西野の父が持っている。当然のことながら誰も使わなくとも部屋は常に掃除が行き届き、ホコリにまみれた部屋に入ることにはなり得ない。時に秋芳が誰かを休ませるために使い、時には深幸を楽しませるために使っていた。
宗聖が使いたいといってきたのは初めてだった。そのため、深幸の知ることとなり、深幸の触手が鎌倉へ向かった。
秋芳は宗聖に同情した。深幸に立ち向かえる男が果たしているのかどうか、甚だ疑問だったからだ。
用意周到に調べを尽くしていた深幸が鎌倉の駅に立ったのは、鎌倉行きを秋芳に告げた翌日だった。即行動の人である深幸は迷わず「桝村」に向かう。宗聖が惚れこみ、昼の顔役である遠山に、夜の顔役である小百合に面合わせをしている葵という女性を確認するつもりだった。
だが、深幸が目にしたものは、使いに出たらしい葵を付け回すいかがわしい2人連れだった。見るからに素性のよからぬ2人は、葵が出かけた先の呉服屋の前でひっそりと佇み、葵が出てくると直ぐ様後を追う。深幸はその2人を追うだけでよかった。
葵が会社の裏口から中に入るのを見届けると2人はホッとした表情でそこを離れた。深幸はその2人に近づいた。
今日の深幸は黒い絽の着物を身につけ半襟には銀を、帯は銀と浅紫の色合いを抑えた柄。黒髪をあでやかに纏め上げ、大ぶりの翡翠の髪飾りだけが唯一のアクセサリーだった。一目で素人ではないとわかるスタイル。
深幸を真正面から見止めた一人がヒューと音のしない口笛を吹く。もう一人が
「よう姉さん、なんだい俺たちに用かい?」
「ええ、ちょっとね」
ひるみもしない深幸の態度にチンピラ崩れの男2人は変なものを見るような目になった。
「あんた何者だ?」
「それを私も聞きたいと思っていたの。貴方達は何をしているの?スキを狙っているの?それとも護衛かしら?」
2人は顔を見合わせた。
「姐さん、小百合ママの知り合いか?」
「そうとも言えないけど・・・」
またしても2人は顔を見合わせる。
「その小百合ママのところへ案内していただけないかしら?熱海から深幸が来たと伝えていただければ会っていただけると思うのだけど?」
深幸がスッと片眉を上げて2人を交互に見渡す。
更に2人は何事かを察知したらしく、一人が携帯を取り出して背を向けると、少し離れた場所で電話をした。
話し声は聞えなかったが深幸はこの2人が小百合の意を汲んで葵の護衛についていたことを確信した。きっと葵自身は微塵も気づいていないはず。そしてそれを望んだのは宗聖。
秋芳の弟である宗聖とは実は1面識もない深幸だったが、秋芳に散々聞かされていたので、未知の存在ではなく、極々身近な身内でもあった。その義弟に大事にしたい女性が現れたなら、それは深幸にも責任ある存在であった。たとえその女性が任侠の世界を恐れようとも、非難しようとも、守るべき相手であることは自明の理でもある。そして同じ立場である深幸にとっては最も大事な存在でもある。
その葵を他人に守らせてそ知らぬ素振りはできない。だから鎌倉に来た。
昼をまわったばかりの時間、小百合は深幸を自宅へ呼んだ。チンピラの電話を深幸に代わらせ、住所を告げると一人で来るようにと言い残して電話は切れた。
若いものには気の毒なほど妖艶な笑みで深幸は2人に礼をいうと、すぐにタクシーを拾い小百合が教えてくれた住所に向かった。
「海藤深幸です。この度は義弟がお世話になりまして、ありがとうございます」
深々と礼をする深幸を寝起きで迎えた小百合は、着流した女浴衣が妙な色気を醸し出していた。
「葵さんを護衛してくださっていることにも深く・・・」
重ねて礼をいう深幸を小百合は野太い声で押しとどめた。
「あたしはしがないバーのママだよ。熱海の海藤の姐さんに頭をさげていただく覚えはないがね」
「いいえ、私の気持は海藤も一緒です。礼を受けていただかなければ、熱海に堂々と帰れません。どうか私の気持を受け取ってください」
そういって深幸が差し出したのは、お金ではなく日本では手に入れることが不可能な極上のシャンパンだった。時下で50万はくだらない代物である。
小百合は苦笑した。こっちのことは全て調査済みというわけだ。自分の半分もいかないが名だたる組織の姐でもある深幸に頭を下げられ、礼を尽くされてはこちらも返さざるを得ない。
「海藤の姐さん。丁重な挨拶かたじけなく頂戴する」
小百合は高級なシャンパンを手に取ると、小さな呼び鈴を押した。部屋に入ってきたのは長髪の悩ましげな表情の美しい男性だった。
「郁美、これを冷やしておいて。夜、店でこちらの方のおもてなしに使うから。それと宗ちゃんに電話して」
郁美と呼ばれた男は、ニコッと微笑みシャンパンを受け取ると部屋を出た。が直ぐに電話を片手に戻ってきた。
「宗さんです」といって小百合に渡した。
小百合の声はさっきまでとは打って変わって艶のある女声に変わった。
「宗ちゃ~ん、オハヨ~。起きてた?」
電話の向こうで不穏な声が深幸にも漏れ聞えた。何を言っているのか言葉はわからないまでも、その悪態らしき発言は深幸にも容易に想像できた。
「じゃあ、今夜ね~」
小百合は宗聖に約束を押し付けて電話を切っていた。
「葵チャンに会いたい?」
また元の野太い声で深幸に問いかける小百合。
「いいえ、まだその時期ではないでしょう。今私が出て行ったら、宗聖さんに後々まで恨まれそうですから」
恐ろしく怪しげな感情をたたえた深幸がニッコリと微笑むと小百合も微笑んだ。
「海藤さんはいい男なんだね」
「ええ」
その一言で充分だった。秋芳を形容するためのいかなる言葉も無駄なことだ。秋芳が秋芳であることが全てだった。そして小百合もまたそれで充分だった。
宗聖という手本が身近にいる。秋芳という男の人となりは、宗聖が裏付けてくれる。
カタチは違えど惚れた男に尽くす女の気持が触れ合った。
「宗ちゃんは何があっても大丈夫だけれど、葵チャンは・・・」
「はい、それが気がかりで参りましたから」
「あの子は私がしっかり見ておくから心配しないでおくれな。こう見えても手下には困っていないのでね」
「はい、そのことを疑うつもりは一切ございません。ですが、どうか私のところのものをこの鎌倉に置くことをお許しくださいませ」
「既にいるのであろう?」
「はい、先週から」
「踊りのお師匠さんね」
「はい。私の姉弟子にあたります。日舞の舞は確かで、熱海の花街では一番の舞手でございます。先月こちらに居を構えておりました師匠筋が亡くなり、その跡目として当地に入っております」
「いいのかい?熱海一番の舞手を鎌倉なんぞに与えてしまって」
「はい、熱海には跡を継ぐものが多々育っておりますので」
「貴方もですか?」
「はい、名取の免状は中学生の時に得ておりますから」
遠慮するでもない、謙遜するでもない深幸の態度は小百合を愉しませた。さぞや宗聖はうろたえるであろうと、今宵の楽しみが増えたことに小百合は一人ほくそえんでいた。