晋江文学城
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24、1 嵩神会(こ ...

  •   嵩神会(こうじんかい)海藤組は、暴対法の施行以前に法律的には会社組織を成していた。組織内の反対を押し切り、先代がごり押ししたことで今があった。そのことに苦々しく思うものはいても真っ向から反意を現すものは出なかった。
      そして、秋芳の養子縁組も先代が固い決意で進め、誰しも否とは表立って言えなかった。
      それらのわだかまりが陰なる不穏分子を産み、秋芳の台頭を望まない力が水面下で暗躍していた。

      だが、その力を図らずも抑えたのは深幸だった。
      披露宴の式場で、秋芳は深幸の素性を暴露した。先々代の孫であること、唯一残った直系であることを。そのことにいち早く賛意を表したのが女達だった。美しく凛とした深幸は嫉妬と羨望と共に、同胞意識を煽り、あっという間に女の世界に取り込まれていった。花街の出身であることが効いたようだった。
      一方、男達は煮え切らない思いを抱かされた。いくら直系とはいえ、25歳の小娘に頭を下げるなどとんでもない。では正式な養子であり、婚外子ではあるが深幸が認めた男を頭とみなすことが出来るかと言えば、それにも無理がある。

      秋芳や宗聖を子供の頃から知っている古株以外の構成員は、何かをくすぶらせたまま先代の意を諾々と受けた。
      大学では経済学部で主席を固持し、M&Aの勉強のためにアメリカに1年留学していた秋芳は、海藤組に入るや否や会計士と税理士を入れ替え、やっとカタチを保っていた会社組織の在り様にてこ入れしていった。その結果は、目を見張るものがあった。

      名ばかりの役員をしていた中堅幹部が会社の利益を真剣に考え始めたのだ。それまでは利益率さえ考えたこともなく、毎月振り込まれる給料という名の報酬は面倒を見てやっている(いわゆる面倒から遠ざけてやっている)のだから当然だと思っていた。同時にその金額の少なさに不満もタラタラであった。
      だが女房達は違う。明日の生活を心配することなく子供を育てられる境遇になったことに深く感謝していた。
      そしてその女房達に何をしたのかしないのか、深幸は上手に立ち回っていた。花街というところは、男を遊ばせる以上に女を上げる場所のようだ。

      秋芳が最初にてこ入れしたのは海産物と飲み屋だった。
      海産物は熱海にとって重要なビジネスである。秋芳は漁協とのパイプを太くし、正直な取引を敢行した。海産物を扱う土産物屋は質のよい品物を売り、徐々に売上を伸ばしていった。

      そして、夜の商売である飲み屋。秋芳が最初に手がけたのは、どこから工面してきたのか不明な膨大な資金で、店を改装することだった。駅前の目立つビルに入っていた店は流行のカラオケボックスに変わり、飲食街の店は居酒屋風、スナック風、ショットバー風といくつかのスタイルに変えられていった。そして悉くが集客に成功し、こちらも徐々に客を増やしていった。

      だが成功だけではなかった。赤字を解消できる見込みのない店は潰さざるを得なかった。当然そこを任されていた構成員からは恨みも買った。くすぶっていた水面下の不穏なものは、そういう輩を取り込んで人知れず拡大していた。

      それが表立って爆発したのは秋芳が相続して3年目の夏だった。

      秋芳はその夏、観光業を拡大すべく海の家を計画した。若者が熱海を訪れなくなって久しい。今や熱海は昔日の面影を残していず、そこここに廃業した旅館や小料理屋、スナックが、錆びれたシャッターの内に闇を潜ませ更なる闇を育んでいた。

      海の家を任されたのは、廃業させられたスナックのオーナー達。
      いずれも真のオーナーは海藤の先代で秋芳でもないが、実質まかされていたことですっかりオーナー気取りでいた男達は、海開きのその日、海に来なかった。
      男達は、店じまいした店の一つで憂さ晴らしの酒を酌み交わしていた。これで秋芳に赤っ恥をかかせてやれると子供っぽい満足感に浸っていたのに、誰も彼らを呼びに来ない。あせった幹部の誰かが、彼らをなだめにくると高を括っていたのだ。だが、本来の開店時間が過ぎても、午後になっても誰も来ない。

      男達は酔いに任せて豪気を放ち、海に向かった。うらぶれた店のドアをあけ、角を曲がれば海岸が見渡せる飲み屋街の外れの店だった。酔いつぶれて日差しに惑いながら男達が見たものは、活気を呈した海の家で、深幸を先頭に忙しく立ち働く自分たちの女房達だった。年長の子供たちも数人交じり、かいがいしく客の世話をしていた。

      その夏、2人の男が熱海から消えた。女房と子供を残したまま。
      その夏の爆発は後から見ればごく小さいものでしかなかった。

      ある夜、秋芳が深幸と向かい合って酒を酌み交わしていた。
      珍しく夜を家で過ごす秋芳は風呂上りの身体に浴衣をはおり、和室にしつらえられた酒膳を前にしていた。その相手を務めるのは当然深幸である。
      渋い鉄紺の浴衣を羽織る秋芳とは対照的に、深幸は薄青地に紫色の萩が咲き誇る華やかな浴衣姿で、既に秋の色合いを見せている。一見無造作にまとめた髪、意味もなく選ばれたと見せかけるような浅葱色の浴衣帯が、妙になまめかしい艶のある姿で、脚を崩して秋芳に寄り添うように座る。

      縁側でたかれる蚊取り線香の匂いも、庭先の虫の音も、1つ落とした照明も晩夏と初秋の味わいを存分に堪能させてくれる、そんな9月の宵であった。

      隣室では子供達が寝付いたばかりだ。3歳になった美抄(みしょう)とやっと1歳になったばかりの洸星(こうせい)は、母である深幸を更に美しく変化させた脅威の存在だった。
      深幸は年を重ねるごとに美しくなり、2人の子供を持っているとは思えない美貌を備えていた。秋芳は深幸をこよなく愛し、慈しんだ。その愛ゆえに深幸は強く美しくあった。が、秋芳の強さも深さも深幸ゆえであった。

      そんな2人は人前で甘い言葉を囁くわけではない。ましてや恋焦がれている風など微塵も出さないので、組の殆どは2人の仲睦まじさを知らない。子供が出来たのは男と女だからという単純な理由で跡継ぎの誕生を喜んでいた。だが、一部の幹部には2人の深い絆に気づいているものがいた。それを察知したものは、秋芳に深幸に、本気で頭を下げた。そしてその数は年々、少しずつ増えていった。

      「深幸」
      「はい」
      深幸は差し出されたガラスの酒器に酒を注ぎ足す。
      「そろそろいいか?」
      「よろしいように」
      秋芳は満たされた杯を飲み干す。そして深幸に差し出した。
      「飲め」
      深幸は黙ってその酒器を受け取り、秋芳が酒を注ぐのを見守った。
      「頂きます」
      深幸は一気に飲み干し、グラスを盆に置く。
      「秋芳さん」
      深幸は秋芳を名前で呼ぶのを好んだ。秋芳もそれを喜んでいた。
      「なんだ?」
      「鎌倉には?」
      「あいつは感づいている、というかわかっている。大丈夫だ」
      「私、会いにいって来てもよろしい?」
      秋芳は微笑みながら深幸を見た。盆に帰されたグラスを手に取り、深幸がすぐさま酒を注ぐのを見る。
      「もう決めているんだろう?」
      「はい」
      「任せる」
      「わかりました」
      深幸は盆を横に下げ、秋芳に寄り添った。
      秋芳もそんな深幸を抱きとめる。
      「深幸・・・」

      秋芳は布団が敷かれてある奥に入らず、そのまま畳の上に深幸を静かに倒した。
      欲望という熱を持った黒い双眸が秋芳を見上げる。秋芳は深幸の帯を解きもせず、口付けることもなく浴衣の裾を割り、柔らかい肌に手を滑らせた。秋芳を迎え入れるべく上昇する体温は、深幸が愛用している香と欲望を溶け合わせ、色香が匂い立つようだった。
      見詰め合ったまま何の言葉もなく秋芳は求めて止まない深幸の身体を貫いた。深幸の身体はあえぎながらも秋芳を奥まで受け入れる。そして見詰め合う瞳だけが濡れて深みへと互いを誘い込む。視線をそらしたら負ける。すがりついたら負ける。そんな思いを抱かせる駆け引きのような無言の激しい行為。

      愛撫も言葉もなく、寄り添う抱擁もないのに、熱く思いのたけを分かち合う行為は、互いを限りなく深海に引きずり込むような情の深さであり、渦巻く熱風が熱砂に生きるものを昇華させてしまうような激しさがあった。
      どちらが、より深く、より求めるかを競うような妖艶な舞が繰り広げられる。やがて深幸の体がしなり、抑えた吐息と共に細い両手がすがりつくものを求めて宙をさまよった時、秋芳は深幸の手を取り、しっかりと握り締めると抑えていたものを吐き出すように激しい動きと共に深幸を追い上げ、自分も果てた。
      一旦身体を離し寝室に入る。布団に横になると初めて唇を合わせ、浴衣をはだけながら、互いの身体をむさぼる様に奪いつくす。
      秋芳の大胆な行為が深幸を煽り、深幸の純粋な欲望が秋芳を高みに突き上げた。

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