晋江文学城
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15、15 土曜日、急 ...

  •   土曜日、急いで帰宅した葵は、帯を解き着物を衣桁にかけ、大急ぎでシャワーを浴びた。髪は洗っても乾かす時間がないので、おろすだけにした。ピンクとオレンジの小花模様のキャミソールと白の対のボレロ。それに白いフレアスカートを選んだ。
      先週、母が来て、一緒に買い物に出かけて選んだものだった。
      母は葵が選ぶものを悉く却下し、和服同様ほとんどを選んでくれた。

      「葵は、まだ自分に似合うものが掴めないのね。自分でお買い物にあまりいかないでしょう?」
      「だって、難しいもの。」
      「お着物はちゃんとできるようになったのにね。」
      「それだって、お母さんが色々教えてくれたからだもの。」
      「まったく・・・。」
      そういいながらも、母は洋服が欲しいという娘にあれこれ云いながら、似合いそうなスタイルを一つ一つ合わせてみては、アドバイスをしてくれる。
      結局葵の予算以上の洋服を買い、母が半分持ってくれた。ボーナスが少しあるので、後で返すと云うと、日傘とバックのお礼だからといって受け取ろうとはしなかった。
      「お父さんだってボーナス貰ったのよ。ちょっとぐらい娘を甘やかすのに反対なんかしないわ。」
      「ありがとうございます。」
      葵は母に向かって他人行儀にお辞儀をする。母もどういたしまして、娘に返す。それから2人で微笑みあう。母と娘のいつもの儀式。

      その母のおかげで揃えた夏らしい装いを整えると、薄く化粧をし昼間より薄いオレンジの口紅をつけ、髪をブラッシングし始めた。一生懸命キレイにしようとしている自分を意識しないようにしながら・・・

      電話が鳴った。
      「はい。」
      「準備できたか?」
      「はい。」
      「下にいるから。」
      宗聖の電話はいつも素っ気無い。それは葵も一緒だったが・・・。

      真夏の週末、鎌倉は海水浴客で込んでいる。宗聖は抜け道をあっちこっち抜けて、比較的人の少ない海岸沿いの通りに出た。
      「車が少なくなるまで、ゆっくり食事にしよう。」
      車が停まったのは、料亭風の店先。通された部屋は庭に面した個室。涼しげなしつらえで通りの喧騒もなく静かな空間。庭からは虫の声さえ聞える。宗聖がこういう場所を選んで連れて来てくれたことに驚いた。宗聖は今日、いつものような夜向きではなく、ブルーのシャツにダークグレーのスーツを着ている。シルバーグレイのネクタイといい、はじめてみるスタイルだった。長い髪さえもいつもよりきれいに整えている。料亭の雰囲気としっくりあっている。葵は母に選んでもらった洋服を着ているのが少し恥ずかしくなった。それでも選んでもらって良かったと、宗聖を改めて見ながら思った。

      「素敵なところですね。」
      「葵はこういうところの方が落ち着くだろうと思ってね。」
      葵は宗聖の心遣いに感謝した。初めて向かい合って食事をする緊張感も新たな感覚で受け止めた。昨夜何かが変わったことで、恥ずかしさは残るものの逃げたいとか、怖いという感覚はない。

      食事を終え外に出たときは8時をまわり、だいぶ観光客も減っている。海岸通りのドライブはゆるやかに流れ、車内に漂う空気は穏やかだった。
      宗聖は海水浴客のいなくなった浜辺の端で車をとめ、窓を開けた。エアコンの冷気のかわりに少しだけ温度が下がった潮風が入り込む。
      「外に出よう。」

      ボートを係留するはしけに繋がる桟橋を進む。その突端までくると、波の音が一層たかまり、月明かりで充分波頭も見え、まるで海の上に立っているような感覚になる。一人で夜中ここに座り込み波の中に溶け込んでいく自分を想像することがある。宗聖のお気に入りの場所だった。

      黙ってついてきた葵を宗聖は抱き寄せた。
      「怖くないか?」
      その言葉に宗聖のことではなく海のことを云っているのだとわかった。
      首を横にふる。

      「ここは俺の一番好きな場所だ。海が俺を包んでくれる。特に夜が一番落ち着く。一緒には無理だが、雨の時もなかなかいいぞ。」
      葵は宗聖の一言一言を大事そうに聞いてくれる。

      やっと手に入れた・・・・

      宗聖ははじめて葵を正面からきちんと抱きしめた。
      葵も嫌がらず遠慮がちに体を預けてくる。
      ゆったりと抱きしめながら、葵の腰に手を回し少しずつ自分の体に引き寄せる。
      宗聖は熱くなっている自分の体に、葵がどんな反応を示すか伺いながら体をピッタリと密着させた。
      葵は一瞬体を硬くし、体を捩って離れようとした。それを宗聖は許さなかった。
      葵の腰だけではなくお尻ごと包み込み一層強くひきつけた。葵は戸惑いながら宗聖を上目遣いに仰ぎ見る。きっと頬を上気させているにちがいない。
      「わかるか、葵?」
      葵がうなずく。
      「覚悟できたか?」
      「・・・」
      葵は拒否もせずただ俯いている。未だ、返事をするのは無理か。
      それでも今までだったらこんな反応は返ってこなかったろう。抱擁を少しだけ緩め、葵の顔を上向かせる。
      そして昨夜のような口付けをした。唇が潮風でしょっぱい。
      「今日はしょっぱいな」 そう囁いてから、しっかりとその味を舐めとる。何度も何度も。

      そして舌で唇を開け深く口付けをすると、葵は初めて宗聖にしがみついてきた。その反応に宗聖のほうが夢中になった。一旦ゆるめた腕の力を強め、葵を自分の体にピッタリと添わせる。唇だけでなく全てが繋がるように。そして何度も何度も舌で葵の口腔を蹂躙した。
      やはり甘い。そんな思いで葵を味わっていた宗聖の唇の下で葵がかすかに吐息をもらす。
      少し唇を離すと、葵がかすかに囁いた。
      「苦しい・・・」
      そのかすれた秘めやかな囁きは、更に宗聖を溺れさせるのに充分だった。もう一度深く激しく唇を奪うと葵の体から力が抜けていく。

      宗聖は唇を離しながら、葵の体を抱き上げた。急に抱き上げられた葵は小さな悲鳴を上げる。
      「騒ぐなよ。海に落ちる。」
      宗聖はずんずんと車に向かって歩き始めた。巾1mの桟橋でも高いところから見下ろすことになった葵には海とコンクリートの境目が良く見えなくて怖い。

      宗聖は今夜も仕事がある。アパートの前に着くと、葵を抱き寄せ優しいキスをする。
      「明日だ。」
      宗聖は葵の唇を離す瞬間にそう囁いた。
      「逃げるなよ。」最後にいたずらっぽい表情をして囁き、葵を降ろした。

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