下一章 上一章 目录 设置
14、14 金曜日の夜 ...
-
金曜日の夜、
「あの・・・。」
「何?」
「あしたは私一人で帰ります。土曜は5時まででまだ早いですから。」
葵は、途中で断わられたり、言いくるめられたりしないよう一気に云い終えた。
「そう」
宗聖の返事は気が抜けるほどあっけない。
「はい。ですからあの、、、宗聖さんはどうぞご自分のお好きなことを・・・。」
葵が宗聖の名を呼ぶことは滅多にない。
名前で呼ぶととても親しい人のようで、気後れしてしまうからだ。
「俺の好きなことしていいんだ・・・。」
「はい。」
葵はとうとう宗聖が元の、葵が関わらなかった日常に戻る日が近づくのかと期待した。
「じゃあドライブに行こう。毎日10分かそこらしか会えないんだ、明日はゆっくり出来る。一度部屋に帰って、着替えて待っていて。6時頃迎えにいくから。」
「えっ、あの・・・。」
「着物だと帯が気になってゆっくり背をもたせかけられないだろう? それだと長時間は疲れるからね。」
「・・・・ダメです。」
「ダメ?何か用事があった?」
「いいえ。でもダメです。」
「なぜ?」
「とにかくダメです。」
「葵、また始まったな。」
「・・・・何がですか?」
「葵の、意味のわからない言い訳。」
「・・・」
「それで、何か都合が悪いことがあるのなら云ってごらん。」
葵は宗聖が子供に諭すように話す、そのやり方が苦手だった。本当に子供だったらわからないだろうけれど、その話し方は、子供を丸め込みたいときに使う大人の話法だ。それを宗聖は葵にする。
「私、色々やることありますし・・・。」
「ふむ。」
「買い物とか行きたいですし・・・。」
「それで?」
「だから・・・。」
「俺とは出かけたくない?」
「・・・・・はい。」声が異様に小さくなる。
車はいつしかアパートの前に停まっていた。
「葵」宗聖は葵の頬に指を滑らせ、あごに添えた人差し指だけで葵の顔を振り向かせる。
「まだ俺が怖いか?」
静かに包むように問う宗聖の言葉に、葵はささやかな抵抗を放棄した。
怖くない。ずっと一度も本当は怖くなかった。
怖いのは宗聖自身ではなく、宗聖がもたらす感覚、感情のほうだった。
あきらめて、小さく首をふる。
葵の返事に満足した宗聖は、葵のうなじに手を回すとしっかりと葵を固定して、唇を寄せてきた。数度した軽いキスではない。しっかりと唇を合わせ、むさぼるようなキス。何度も何度も繰り返される唇への激しい愛撫。葵が小さく吐息をもらしたところに宗聖の舌が滑り込んできた。そのままこじ開けられるように深く力強い舌に蹂躙される。
葵の体が震える。
宗聖は葵の体を引き寄せようとして、口の中で悪態をついた。車の中ではダメだ。
頬を上気させて、荒い息を必死で整えようとしている葵を、すこしだけ押し戻し、両頬を包む。もう一度、今度は唇に優しく口付けた。
「葵、明日俺と出かけるね?」
葵は小さく頷くことしかできなかった。
「6時でいい?」
「はい。」
「じゃ、部屋に入って。」
「はい、おやすみなさい。」
これから仕事にむかう宗聖に「おやすみなさい」という言葉もおかしかったが、「いってらっしゃい」というのはもっとおかしいので、毎夜、そう云って車を降りていた。
「ん、おやすみ。」
宗聖は葵が一つ階段を上がったことを実感していた。葵自身もそうだろう。だが、宗聖のその思いは、すぐに暗い影に覆われる。秋芳と会話してまだ1ヶ月しか経っていない。秋芳は半年と云った。今年一杯だ。
だが宗聖の気持も体も葵を求めている。もしかしたら、とてつもないどん底に落としてしまうかもしれないのに。だが、今葵を諦めてしまうことはできない。それならば、しっかりと葵をかかえこんでしまい、精一杯守るだけだ。
だが葵を守りたいという思いは、恐らく葵が初めてソリチュードにきたあの夜から生まれていたのだと思う。
葵を葵のまま大人にしてやりたいと思った。酔っ払いのセクハラ上司やナンパ男をやりこめる強さを持たせたいのではなく、しなやかな強さを持たせてやりたい。おとなしい性格でいい。素直に真面目な子でいて欲しい。そして、できれば顔をあげて宗聖に微笑んでくれるようになってくれればと思う。
葵は真っ直ぐ見返してくることがない。いつも目をふせ、俯いている。視線を合わせようとすると逃げる。怖がっているし、恥ずかしがっている。自信がもてないでもいる。
葵らしさが自信の源になるようにしてやりたい。
葵が宗聖の存在に引き込まれてしまうのを怖がっているのに対し、宗聖はすっかり葵のなかに引き込まれてしまっている。宗聖の強さが葵のなかで消化できなくて戸惑わせている。
宗聖のことを「怖くない」とやっと認識した葵、その1枚の隔たりが消えた今、葵が宗聖を受け入れるのにもう時間は要らないだろう。