晋江文学城
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13、13 翌週も宗聖 ...

  •   翌週も宗聖は葵を送るために、仕事の終わる時間に同じ場所で待っていた。
      葵は何度も断わろうとした。何度も断わり続けている間に、もう無理だと諦めて、素直に宗聖に送ってもらった。

      水曜日、出先から帰ることになったので、葵は宗聖に電話をした。6時半だった。
      「葵です。」
      「どうした?」
      「今日は出先から会社に戻らずに帰ります。」
      「今どこ?」
      「小田原です。」
      「会社の人も一緒?」
      「はい。」
      「鎌倉の駅おりたら電話して。」
      宗聖はそれだけいうと電話を切った。
      切れた電話を葵はため息をついて見つめた。
      宗聖さんは私のいうことなど1つも聞き入れてくれない。

      「乗れ」
      駅前で宗聖を待っていた葵の前に、宗聖が乗ったタクシーが停まる。
      車でくると思っていた葵は、驚きながらもそこに同乗した。連れて行かれたのは宗聖の店がある一角。1つ奥の路地の前で停まる。
      タクシーを降ろされた葵は後から続く宗聖を待ちながらあたりを見渡す。2度来ただけの風景は、いつしか夏の空気に染められて、その世界に働く男も女もなまめかしい薄着をまとっている人が目立つ。仕事着の着物姿でいるのが目立って恥ずかしい。

      宗聖は葵に「おいで」というと2件目のビルに入っていく。階段をあがった2階には青白く輝くネオンサインが廊下を挟んで4つ並んでいた。
      その一つ、「小百合」と紺地に白い文字で書かれた電飾がきらめく店に、宗聖は迷うことなく入る。気後れしている葵を、宗聖は押し開けたドアを押さえながら引き込んだ。

      「宗ちゃん、いらっしゃ~い。」
      葵の耳に入ったのは、どう考えても野太い男の声。だがその抑揚には紛れもない女性の色香が加わっている。
      その異様な口調の持ち主は、大きな体に白と藍の縦縞模様の粋な単の着物を着流し、不可思議なヘアスタイルをした、まごうことなき、中年を超えた男だった。おかま?ゲイ?話題として知ってはいても、間近にみるのは初めての葵も直視していいのかどうか戸惑い目を伏せた。

      「小百合、早かったな。」
      「何云ってんのよ。これからいくから店開けとけって、呼び出したのは誰?」
      「悪い、お楽しみの邪魔したか?」
      「ふん、やな子ね・・・」

      わけのわからない会話を聞かされながら葵はカウンターに座らされた。
      「小百合、この子が葵だ。よろしく頼むな。」
      「葵、この変なのは小百合だ。ここら辺の一番の古株だ。年は知らん。」
      「宗ちゃん、酷いじゃないのよ。あんなに尽くしてあげたのに。」
      「ふん、こんな大年増に尽くされても嬉しくない。」
      「まあ酷い。」
      「葵、見目は酷いが、小百合は顔が利く。何かあったら頼っていいぞ。」
      「宗ちゃん。あたしを振っておいて恋敵をあたしに押し付ける気?いけすかない男ね。」
      「でもさ、頼めるのは小百合だけだろ?」

      もう、っと云いながらも小百合は宗聖が可愛くてしかたがないという顔をする。そして宗聖に頼むと云われた女性を改めて見直す。まだ幼い。成熟していない少女のような面影。それなのに着物がとてもよく似合っている。女になったらどれだけ匂い立つか想像に難くない。

      「宗ちゃん。」
      「なんだ?」
      「あたしこの子が欲しい。」

      宗聖は一瞬言葉につまった。知り合って3年このかた、小百合から女を誉める言葉も、まして欲しいなどという言葉は聞いたことがない。

      「なに、云ってるんだ。」
      「だってぇ、これこそ光源氏だわよ。」
      「あのなぁ。」
      「一体どこで見つけてきたのよ。」

      葵は益々ついていけなくて宗聖と小百合の会話を小さくなって聞いていた。
      そのとき小百合が話しかけてきた。
      「葵チャン。あなたは葵っていうより若紫ね。」
      葵には馴染みのある物語の登場人物、今まで葵の上に比べられて橘の君になぞらえられたことはあっても、若紫と云われたことはない。その意味を尋ねようと思って言葉にしようとした瞬間、源氏物語の筋書きが葵の中によみがえった。
      若紫は光源氏が愛した人の面影を抱く少女、その少女を愛しみ大事に育てた後に第一の人として、光源氏が崇めた最愛の女性だ。

      葵は恥ずかしくて顔が赤くなるのを止められなかった。
      「よくわかったな。だからこいつは俺のものだ。手出すなよ。」
      「まっ酷い。出すわけないでしょ。宗ちゃんにすら出してないのに。やっぱりあたし、宗ちゃんが先に欲しいわ。」
      「云ってろ。それよりさ、なんか出してよ。」
      「ふん、可愛くない。」
      小百合はそういいながら、お酒を準備する。葵にはウーロン茶を、宗聖には水割りを出した。小百合も水割りを作ると、宗聖のグラスにあわせ、そして葵のグラスに合わせる。

      「宗ちゃんに疲れたらあたしが慰めて上げるからね。」
      葵はどう答えていいのかしどろもどろで返事をした。
      異世界過ぎて、何の言葉も出ない。
      「変なことふきこむなよ。今日は小百合に引き合わせておくためだけに連れて来たんだ。」
      「宗ちゃん・・・?」

      小百合は物いいたげな顔をして一瞬宗聖を見つめると、またすぐ女の顔に変わり、葵に話しかける。
      「葵チャンは学生じゃないわよね?」
      「はい、桝村で働いています。」
      「あら・・・」小百合は葵の言葉遣いとその姿勢に改めて見直す。
      「いくつ?」
      「18です。」
      「あらま、じゃあ遊びにいらっしゃいとも云えないわね。」
      それなら、と小百合は引き出しをごそごそ掻き混ぜてから、葵に名刺を1枚渡した。
      「ここはね、あたしの彼氏がやっている美容室よ。そのきれいな髪をセットしたい時はあたしの名前を出して、貴洋を指名して頂戴。あたしも利用しているの。」

      葵は差し出されたカードに「ラ・ベッラ」と「ヘアデザイナー 日向野貴洋」と書かれているのを確かめた。住所は駅前のショッピングアーケード街あたり。

      「ありがとうございます。」
      「葵チャンの髪、おろしたところみたいわ。お着物のときはいつもまとめているの?」
      「はい、バタバタしておりますので。邪魔になります。」
      「う~ん」
      小百合は、唸るようになにかをブツブツ云うと、宗聖に向き直った。
      「あとで、ソリチュードにいくわ。」
      それだけ云った。

      よくわからないまま、葵は宗聖にタクシーで送られ部屋に帰った。
      宗聖はそのまま引き返し、店に入るようだった。

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