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12、12 翌日、仕事 ...
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翌日、仕事を終えた葵は外にでるなり、考え込んでしまった。電話をすべきかどうかで。
お財布から名刺を取り出し、受け取ってから初めて携帯番号をきちんと見た。見ないでおくことで、宗聖との関わりを閉ざしておけるような気がしていたが、捨てることが出来なかった以上、それはやはりいい訳にしかならない。
覚悟を決めて電話を取り出した。名刺をみながら番号を押す。1回のコールで出た。
「葵です。」
「大通りではなくて反対側の通りに向かってきて。そこで待っているから」
それだけで切れた。
葵はいつもと反対方向に歩き出した。大通りは駅前のロータリーや幹線道路につながり交通量が多いが、反対側は一方通行でもあり、交通量が少ない。50mほどで裏通りにつくと宗聖が車で待っていた。促されるまま助手席に乗る。
「携帯電話出して。」
葵は云われるまま電話を差し出された大きな手に載せた。宗聖はいくつかボタンを押すと葵に返してよこした。
「今度からはこのボタンを押せば俺にかかる。」
宗聖は葵の電話に短縮設定をし、操作説明をしてくれた。
「明日からこの時間はここにいるようにするから、都合が変わるときは電話をしろ。」
「えっ?」
「俺も送ってやれない時は電話をするから。必ず留守電をチェックしろよ。」
「・・・あの?」
宗聖は葵の返事を待たず車を出した。バスと違ってわずか7~8分の時間。
あっというまにアパートに着き、降ろされる。
「明日は? いつもどおり?土曜日は休みか?」
明日は金曜日、土曜日は月2回出勤だが、今度の週末は休みだった。
「たぶん(いつもどおり)、はい(休みです)。」
葵の返事はそれだけだった。
宗聖はそれ以上の答えを期待していないのか。軽く頷くと部屋に入れといつもの素っ気無い口調で命令する。葵は云われるまま3階にあがり、部屋のドアのまえで振りかえり下を見た。宗聖の車がまだそこにある。部屋にはいりドアを閉めると外の音は聞き取れない。
少しだけまってから、そっと外をのぞいてみた。宗聖の車は消えていた。
翌日、葵は留守電に何も入っていないことを確認してから、電話もせず裏通りに向かった。
電話をためらったのは、そこにいないことを半分願ったから。そして電話をしてしまうと宗聖が来てしまうから。
果たして、宗聖はそこにいた。
「明日休みなら少し付き合え。おなかすいてるか?」助手席に座った葵に宗聖はそういった。
「えっ?ええまあ・・・」
「よし、あまりゆっくりできないが、うまい雑炊屋があるからそこにいこう。夜遅いからあまり重くないほうがいいだろう?」
「あの、でも・・お仕事が・・・」
「大丈夫だ悟がいるし、先週からバイトも一人増えている。」
「でも・・・」
「店には5分で着く。」
葵はそれ以上何も云わなかった。宗聖が自分の云うことを聞くとは思えないし、自分の思ったとおりにするだろう事も今ではすっかりわかっている。
見慣れない商店街の中ほどに小さな店があった。カウンターの上にはお惣菜の大皿、カウンターに10席程の造りは純和風の小さな店。店内は半分ほど埋まっている。
空いているカウンター席に滑り込むと店主らしき30代の男がニコニコと話しかけてきた。
「宗、早いな?」
「ああ、こいつに健さんの自慢の雑炊を食わしてやろうと思ってさ。健さん、こいつ葵。よろしくね。葵、こっちは俺の先輩、遠山健介さん。こう見えてもこの界隈では顔役だ。」
健さんと呼ばれた男は葵に向かってニコッと微笑みかける。葵も小さく会釈をした。
「アンナは?」
「今上にいってる。すぐおりてくるよ。」
「そう? でさ、葵に雑炊。俺にはもっと軽いのくれる? おれ車だから。」
「いいよ。ちょっと待ってな。」
葵は出されたお茶を手に取り口に運んだ。その所作を見ていた健介が改めて葵を見、それから宗聖を見る。何も云わなかった。
「あれ、宗ちゃん早いね?」
奥から今度は20代後半と思われる女性が出てきた。顔立ちのハッキリした美人だ。飄々としたイメージの健介とは随分雰囲気が違う。
「よう、アンナ紹介しとくわ。こいつ葵。葵、この派手な女はアンナ、健さんの奥さん。」
葵は手にしていたお茶碗を置き、軽く会釈をする。
アンナは葵をまじまじとみてから宗聖に向き直った。
「宗ちゃん。」
「なに?」
「犯罪よ。」
「なにがだ?」
「まあ確かに16歳以上のようだから本当の犯罪にはなりはしないけど、どう見ても深窓のお嬢様じゃないの。宗ちゃんがこんな子と知り合う機会なんてあるはずない。そうしたらあと考え付くのはどっかからかどわかしてきたとしか思えないじゃない。」
「ひどい言い草だ。葵は18だし仕事もしている。今は仕事の帰りだ。健さんの雑炊を食わせてやろうと思ってつれてきただけだ。」
「ふーん、まあいいわ。」
そういうとアンナは葵に向き直りニヤっ、と笑って話しかける。
「葵チャンお仕事何?着物を着てるってことは客商売? でもそんな雰囲気ではないわね。」
「あの、和装小物の卸問屋に勤めております。」
「あらもしかして、東口の桝村さん?」
「はい、そうです。」
「そっか。仕事大変?」
「あの私は今年入ったばかりですし、わからないことばかりで、まだ覚えている最中ですから、大変とかそういうのは・・・」
「あそこって着物を売ってるわけじゃなかったわよね?」
「はい、扱っておりません。」
「で、なぜ葵チャンは着物なの?」
「あの都合がよいので、制服代わりに・・・」
「よく似合っているわ。色が合っているのかしらね。」
宗聖は葵とアンナの会話を聞いていて楽しいのと憮然としたのと両方味わっていた。
俺と話すときはもっと遠慮がちな物言いをするのに、アンナとは平気そうだ。同時に葵の言葉遣いが丁寧すぎておかしかった。これでは悟がお嬢と呼ぶのもわかるし、後でアンナもそう云い出すだろう。
健介が作ってくれた食事を済ませ、店を出るとき、案の定アンナに云われた。
「やっぱりどこのお嬢様たぶらかしたのよ。健介も云ってたわよ。お茶の作法を知っている18歳なんてそうそういないって。」
「お茶とお花をやってたそうだ。あとは知らない。」
もちろん宗聖はそれ以上の何も知らないというのが事実だ。
第一どこかのお嬢様なら、18歳で高校卒業して一人暮らしなどしないし、もちろん働くわけがない。そんな当たり前の事実を突きつけられても、やはりあの言葉遣いや作法ではお嬢だ。しかも、純粋培養の世間知らずだ。充分お嬢の素質だ。
葵は帰りしなにアンナからカードを渡された。店とアンナの携帯の番号が書かれてあるから、何かあったら電話をしなさいと、と云われた。
葵は素直に受け取り、礼を云って店を出た。宗聖がアンナに引き止められ、何かを話していたが、葵は聞えない距離まで離れて待った。
「待たせたな。さあ帰ろう。」
そういうと宗聖は助手席をあけ、着物の裾を揃えて乗り込む葵を落ち着かせるとドアを閉め運転席に滑り込む。
「うまかったろう。」
「はい、ありがとうございました。」
「健さんは京都で修行していたからな、なかなか上品な味を出してくれる。」
「はい。」
葵はそれ以上何も云わなかった。宗聖も真っ直ぐアパートに向かい、昨夜同様部屋に入る葵を見届けてから去った。