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11、11 梅雨が開け ...
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梅雨が開け、紫陽花の花も様変わりし始めた。
葵は新しい仕事に慣れるのに一生懸命で、宗聖のことを棚上げにしていた。教えられた携帯の番号も財布の中にしまいこみ、取り出すことを恐れていた。
仕事は夏物の出荷がピークでメーカの在庫切れが続出している。8月に入れば秋物の出荷を控えている。今は晩秋向けのアイテムがどんどん持ち込まれ、日々取捨選択を繰り返していた。その間にも外商からは、新たな要望が舞い込んでくるし、仕入れ部門の仕事量は想像をはるかに超えている。それでも葵が和服を着崩すここともなく淡々と仕事をこなしているので、いつもならハリケーンでも通過したのかと思える部屋が、やけに落ち着いて見える。それもその通りで、葵は牧田のする仕事にピッタリと張り付き、彼がチェックしたサンプルをどんどんメモ用紙とタグをつけて透明のBOXに入れ込んで行く。仕入れが決定されたものは、すぐさま発注がなされ、サンプルは別の保管場所に移される。懸案として残ったものは週1回の全体ミーティングで討議にかけるため、これもまた別の保管場所にためられる。
日々繰り返されていく内に、部屋の中には余分なサンプルが溜まることもなくなり、代わりに倉庫がどんどんきれいになっていくという状態だった。
牧田は、新たな商品はもとより今までに取り扱ったものの中からも気になっている商品をピックアップしては葵に意見を聞いた。最初こそ遠慮勝ちなことしか言わなかったが、葵はだんだんと牧田に励まされてきちんと意見を云うようになった。時には製造元に意見を戻し、改良してもらえるものもあったし、ダメになるのもあった。時には牧田が憂慮したものを葵が押すこともあった。
どれも秋ものだから、結果が明確になるのは早くても9月末だ。仕入れを決定した商品が売れるかどうか長ければ半年、早くても1~2ヶ月は待たなければならない。
「胃の痛くなるような仕事ですね。」
牧田が時々胃薬を飲んでいるように見えたので、食後にコーヒーではなくお茶を出すようにしていた。今日も遅い昼食を済ませて戻ってきた牧田にオフィスで仕事をしていた葵がお茶を差し出す。
「ありがとう。前にもいったけど、お茶を出すのが君の仕事じゃないんだから、気を使わなくていいんだよ。」
牧田は新潟の大きな呉服店の三男で、家業を継がないまでも子供の頃から慣れ親しんだ環境が落ちつくからといってここで仕事をしている。そのため葵よりはるかに知識があり、様々なことを教わっている。同時に牧田は実際に身につけることになる葵のような存在に感謝した。葵の実際的な意見は大いに参考になっているようだ。
「お茶は私が煎れたいから煎れます。」
牧田は葵の話し方がどんどんハッキリした云い方に変わってきたのに気付いていた。仕事がどんどん成長させているのだろう。和服で仕事をこなすのも全く苦にならないようだし、色々な商品を持ち込む業者も、葵がいるといかによいかを葵に一生懸命説明をしてくれる。
葵は牧田とそれらの業者達との両方に教育されていった。
仕入れの仕事に変わってから葵が会社を出るのはいつも8時前後だった。牧田はもっと残っているが、未成年の葵をこれ以上働かせられない、といって帰される。
会社を出てから大通りのバス停まで3分。10分に1本のバスを待って、アパートまで15分。自分の部屋に落ち着くのは8時半くらいが普通になった。
その夜は商店街で買い物をしてからバス停に向かったので、バス停に向かったとき既に9時近かった。
「葵」
葵は宗聖の声で呼び止められた。
宗聖がタクシーから降りたところだった。
葵は立ち止まって宗聖が側まで来るのを見ていた。逃げ出そうかとも思った。ただ、こんな至近距離で、あんな会話をした後で、逃げようがない。でもできれば会いたくなかった。
葵は固い表情で宗聖が目の前に立ったのを見上げた。
宗聖も無表情だった。
「仕事。遅いんだな。」
「はい、部署が変わりましたから。」
「いつも?」
「はい、でも8時に帰らされます。それ以上はダメだからと・・」
「そうか。」
宗聖はそれ以上何も云わなかった。葵もまた自分から何かを云えるような状態ではない。
2人は数秒黙って見詰め合った。
「送る。」
宗聖はそういうと葵の背に手をあてて大通りへといざなう。タクシーを拾い先に乗り込んだ。葵は一瞬ためらってから、宗聖があけてくれたスペースに乗り込む。
宗聖が告げた住所は葵のアパート。なぜか葵はタクシーの運転手に話題の種を提供しているような恥ずかしさを感じた。宗聖はダークネイビーのシャツに黒っぽい麻混のスーツを着ている。どこからどうみても夜の仕事の服装だ。左手の小指には目立つ指輪をしている。
大きく開けられた襟元に光るのはスネークチェーンのプラチナのネックレス。金でないところが救いだ。相変わらず長い髪は伸びすぎたせいか、後ろで一つにまとめている、以前より顔の輪郭がハッキリして精悍さが目立つ。
そして同乗した葵はいかにも幼さが残り、化粧けのない垢抜けない顔をしている。客商売でもなんでもない仕事着の着物を身につけ、いかにも仕事帰りという疲労感が出ているはず。
アパートの前で、葵は降ろされた。宗聖はおりなかった。そのことに安堵したのかどうかも定かではない。おりる間際明日仕事が終わったら電話をしろ。と云われた。
葵は返事をしなかった。
部屋に入ると帯を解き、着物を衣桁にかけ、襦袢を簡単に手洗いし、シャワーを使った後の浴室にそのままかけておいた。それが毎日の日課になっていた。
今日は宗聖に会ったことで緊張が続いている。
どうしてこんな何のとりえもない私に・・・
恋愛に対する知識も意識も全然育っていなかった葵には宗聖は大人すぎる。
おろした髪を2つにわけて三つあみをしながら化粧を落とした顔を鏡に映す。お祭りのとき、買い物に来た女性に、「典型的な日本顔ね、お着物がよく映えるわ」と云われた。同じような事をお茶会やお花のお教室でも云われたことがある。一重瞼で、やや面長の顔、色は白い方だとは思うが、それ以上何もない。
化粧映えする顔でもない。髪を伸ばしているのは着物を着る都合もあったが、ショートヘアが似合わないからだ。ボーイッシュなスタイルも、かわいらしいスタイルも似合わない。
だから髪を伸ばしている。
葵にはまだどうしても宗聖のことは許容範囲の外で、戸惑うばかりだった。
「大人になれ」と云われても、大人になるということもよくわからない。
宗聖にはわかっているかのような云い方だった。が、そのことを聞く勇気はもちろんない。
宗聖は葵を見るたびにため息をついていたが、葵自身もどうしてよいかわからないまま、フウと息をつくだけだった。