下一章 上一章 目录 设置
20、第18話:前へ進むために ...
-
俺と舞はようやく恋人になることができた。
文化祭から数週間の時が経ち、いつのまにかもう12月になっていた。
この村には雪が降りつもりはじめ、窓の外は真っ白い空間になっている。
冬、朝起きるのは誰もが苦手だろうし、いつまでも布団の中に入っていたいという誘惑との戦いが待っている。
俺はかろうじてその勝負に勝ったのだけど、その誘惑に負けてる少女がここにいる。
「もうすぐクリスマスだね」
舞はさすがに寒いからと布団に身をくるめながら囁いた。
「そうだな」
俺は先に服を着ながら、自分の部屋にいる少女を眺める。
もう何度、俺達は体を重ねあっただろう。
幸せ、満たされていく心と身体、舞が微笑むだけで俺は幸せだった。
「明日、どこかに行かないか?」
「うん……」
いつまでも今のような関係を続けているわけにもいかない。
それもわかってる、……クリスマスまでに全てを終わらせよう、俺はそう決めていた。
その日が近づくにつれて、俺は明日が来ないでくれたらいいのにと願う。
まるで夏休みが終わるのが嫌な小学生のように。
幸せな日々が壊れてしまうのが、本当に嫌で、今のままがいい。
もう何度俺は心の中で悩んでいただろうか。
留美、舞……2人のうち、1人を選んだ時点で俺は決めていたはずなのに。
その留美とは最近、学校でしか会えていない。
数週間前の文化祭から俺と留美との関係はこれまでにないくらいに悪化していた。
あの時、俺が舞との約束を優先させたために、いや、完全に彼女を拒んでしまったためにこれまでギリギリの所で保たれていたバランスが崩れたのだ。
『……私との約束なんて紙切れ同然。初めからしてくれる気がないなら、気安く期待させないで。それとも私の事そんなに嫌いなのかな?』
俺は別に留美との約束を蔑ろにしたつもりはなかった。
ただ、その数十分前に先に舞と約束を交わしていただけ。
文化祭の日、俺は舞の店番の休憩時間に2人で回っていた。
「文化祭の最後のフォークダンス。今年も一緒に踊れたらいいのに」
「別に問題なく踊れるだろ?何で?」
「もしもるーちゃんに誘われたらどうするつもり?」
毎年、留美とは何だかタイミングが合わなくてダンスだけは踊った事がない。
だから、今年もそうなるだろうと思っていたんだけど。
「ただでさえミクちゃん独り占めしてるのに、いいのかな?」
「俺が留美と約束していたのを知っていたのか?」
「なんとなく。るーちゃんならそうしてるかなって。今日、直前に約束した私に合わせてくれたのはうれしいけど。悪いことしたかなってのは思ってるから」
本当は俺は留美と文化祭を回る約束をしていた。
だが、舞と回る約束をしたので、そっちを断ったのだ。
空いている時間は結構あったので、その時間だけでも回ってあげればよかったのに、と後悔はしている。
少なくとも、そうすればこれから先に起こる出来事も回避できたはずだった。
「大丈夫だって。別に今さら心配することじゃないし。今年も俺と一緒な」
「ミクちゃん……約束だからね」
「ああ」
あんまり心配かけさせるわけにもいかない。
俺もうまく立ち回ることができればいいのに、そういう面では俺は得意ではない。
留美の事も考えてはいるけれど、舞の事を話せない以上冷たく突き放してるように見えてもしょうがなかった。
その後、俺達の姿は運悪く留美に見つかり、非常にマズイ状態になっていた。
舞とのことはなんとか誤魔化せただろうが、留美の機嫌を損ねてしまった事には変わりなく、それが原因で留美は俺に対して冷たい態度をとるようになった。
『でもね、未来。覚えておいて。舞は私との約束を破ったりしないよ。絶対に……』
最後に交わした言葉、彼女はとても冷たい表情をしていた。
『未来は信じないけど、私は舞は信じてる……』
舞を信じている、その言葉はどんな意味を持っているのか。
もしも、俺達の関係を明るみにした時、その裏切りに留美はどうするのだろう?
許してはくれないのはわかっているし、薄々は感づいているのかもしれない。
それでもいつかは彼女に真実を話さなければいけない。
『明日の放課後、屋上に来てくれ』
俺がそのメールを留美に送ったのは12月23日、クリスマスイブの前日だった。
当日、俺は全てを話すと舞に告げると、彼女はしばらくうつむきながら、
「わかった……」
舞もまたこの日が来るのを望んでいたワケではなかった。
矛盾するこの気持ち。
「話は俺だけでつけるから」
「ダメ。私も行くよ。ううん、私から話さなくちゃいけないの」
「そんな事したら……」
「私にそれだけの覚悟がないと思う?私はね、ミクちゃんを好きになった時からこの時が来るのを覚悟していた」
そうだな、俺が覚悟しているように舞も同じ気持ちであるという事か。
「だから、ちゃんとるーちゃんに話そう。それが私達の義務だもん」
できれば留美のそういう恨みや憎しみは俺にだけ向けて欲しい。
舞にはできる限り、負担をかけたくない。
それは俺のエゴであり、留美の思う気持ちと反しているだろう。
それでも、好きな女の子を守りたいという気持ちに偽りはなかった。
「ミクちゃん覚えておいてね。私は貴方が好きだから……」
そう言ってキスしてくれる舞の気持ちが嬉しくて。
俺の中で最後まで揺らいでいた“覚悟”を支えてくれる。
放課後になって俺は掃除が終わり次第、留美の待つ屋上へと向かう。
待っていた留美は吐く息を白くして、ベンチに座りながら寒そうに身を縮めていた。
「お、遅いじゃない。もうっ、すごく寒いんだから」
「悪い、掃除があったんだよ」
「だったら、教室でもよかったじゃない。何でこんなところに呼び出すの?」
「誰にも聞かれたくないことだからさ。留美、俺の話を聞いて欲しいんだ」
俺の言葉に彼女はツンっと視線をそらしてしまう。
そういや、まだ喧嘩中だったな。
それでも来てくれたのは舞がまだ俺のこと好きでいるという事か。
「……それで話って何?」
「なぁ、俺のことをどう思ってるんだ?」
「え?ええぇ……?未来、それって、その……」
彼女は頬を紅潮させて嬉しそうな顔をする。
留美ははじめ告白かと思っていたのだろうが、俺のまじめな表情に彼女の顔色が変わっていく。
「……未来?」
「どう思ってる?留美の幼馴染である長谷部未来のことを、さ」
留美も俺の言葉の意味がわかったのだろう。
彼女の顔はもう不安におびえる少女のものになっていた。
そこに先ほどの笑顔はもうない。
「どうって……好きとか嫌いとかだよね?」
あるのはこれから待つ絶望を怯えている表情だけだった。
俺は無言でのその質問に答えると、彼女が震えているのがわかった。
足をガタガタと震わせているのはこの冬の寒さだけはない。
俺は彼女から『好き』という言葉を言わせようとしている。
そして、俺はその想いを『ごめん』の一言で終わらせる。
それに気づいているからこそ、留美は震えているのだ。
俺はふと、今まで皆から言われ続けていた言葉を思い出した。
『……たまにはるーちゃんにも優しくしてあげれば?いつも喧嘩してるじゃない』
『どうして私にばかり意地悪するの。私だって……たまには優しくして欲しいよ』
『傍目で見てるといつもいじめてばかりじゃない。ルミも優しくされることを望んでる。私だって……好きな人には優しくされたいもの』
皆が言っていたのはただ俺がいじめていることに対してだけではない。
俺が取り続けていた行動は苦しめ続けることばかり。
俺のことを好きだというからこそ、優しくてやれと言ったのだ。
もしも、俺が舞のことが好きで片思いしていたとしても、無視されたり、相手にされなかったりさせるとつらい。
それと同じだ……俺はようやく今になって気づいた。
俺は留美を傷つけることで、自分の心が傷つくのが怖かっただけ。
俺は自分のために彼女の気持ちなんて無視し続けていた。
「未来がそういう事いうなんて。……舞、そこにいるんでしょ」
俺の問いに答えずに留美は扉を指差した。
「……るーちゃん」
舞が扉の向こうから現れたのを確認した留美はもう落ち着いていた。
彼女がそこにいることを留美は初めから気づいていた。
その事に俺は驚くが、あらかじめそういう展開を予想していたという事は……。
先ほどまでビクビクしていた様子はどこにもなく、ただ強い視線で舞を見ていていた。
「おかしいと思ったんだ。普通の未来なら間違っても“そんな事”言うはずないし。それで、2人にして何の冗談?冗談にしてはきついよねぇ?」
「……留美に話したいことがあるんだ」
「私も舞に話したいことがあるよ」
舞を睨みつけるようにして彼女は俺よりも先に言う。
「舞、どういうつもりなのかはっきりしてくれない?」
「どういうつもりって?」
「ずっとそうだった。どうして、私と未来との時間を邪魔するの?協力してくれるんじゃなかったの?」
舞に攻め寄る彼女に俺は言葉で守ろうとする。
「協力とか邪魔とかじゃないんだ」
「未来には聞いてない。私は舞に聞いてるの」
「俺から……」
「うるさいって言ってるじゃない!……答えなさいよ、舞」
留美の怒鳴る声に俺も舞もびっくりする。
こんな風に感情を露わにした留美を見るのは初めてだった。
「ずっと前にるーちゃんと約束したね……」
「ええ。それなのに実際は何?何で貴方と未来が……恋人なんかになってるのよッ!」
やはり彼女は俺と舞が付き合っているのを知っていた。
この関係を知っているのは悠里だけだが彼女が話したとは思えない。
最近の俺達の態度と先日の出来事から推測したという事か。
「……初めは協力するつもりだったの。でも、気づいた時には私も好きになってた」
舞の告白の後、留美は俺の方に視線を向ける。
冷たい瞳に映る色は絶望と裏切り。
「……舞だけは約束を破らないと信じてたんだけどなぁ。未来も舞も……私と交わす約束に価値も意味もないと思ってるの?信じてたのに裏切られたこの気持ち分かる?」
「るーちゃん……」
嫌な雰囲気の中で留美の怒りは収まらない。
当たり前だよな、反対の立場なら俺もそうしているはず。
「私さ、ホントはずっと前から知ってた。中学1年生の舞の誕生日、未来が舞の事好きだって知った。多分、その時から舞も好きだったんだよね」
留美は……あの場所にいたのか?
俺と舞だけが知っているはずの場所を知っていた、それに続く言葉に俺達は何も言えなくなった。
「花火大会のとき、覚えてる?未来は私との約束破って、舞と一緒にいたよね?キスしてたよね?舞が未来に好きだって伝えるのを私は見てたの!見たくなんてなかった。ただ2人が隠している事が気になって……その結果がそれだった」
花火大会の時はただ見かけただけだと思っていたのに。
留美だって地元の人間なら、偶然あそこに向かってもおかしくない。
いや、1度俺達があの場所で会っているのを見ていれば、場所はすぐにわかるはず。
「ねぇ、舞。それでも私が今まで何も言わなかったのはなぜか分かる?私は……それでも舞の事を信じていた。信じたかったの。私に優しくしてる相手が裏切る事も、私にはもう希望がない事も認めたくなかった。いつか舞から諦めてくれるんじゃないかって」
「ごめんなさい」
「その一言が1番キツイよね。謝るってことは全部認めちゃうことだもん。裏切った事も、約束破った事も全部認めてしまうの?認められたら、私はどうすればいいのよ。これでお終い?違うでしょ。その前に貴方たちには私に言う事があるじゃない」
留美の言葉が舞の心に突き刺さる。
俺も自分のしてきた事の重さを感じていた。
『人を好きになるって不思議。ううん、好きって言葉が1番不思議かもしれないね。好きなのに辛い、報われない恋とか好きなのにすれ違いが起こるとか。子供の頃に思っていた“好き”って言葉は単純に幸せになるための言葉だって思ってた』
留美は俺の事を好きで、その気持ちを知りながら俺は舞を選んだ。
『好きは人を傷つける言葉でもあるよね』
『……それも含めて“好き”じゃないのか?好きというのは例えその過程で傷ついても、苦しんでもひっくるめて最後に幸せになれる言葉だって事だろ』
『そうなのかな?苦しみの先に幸せは本当にあるの……?』
ここ数年は何かあったら舞優先、留美の事は二の次、ずっと傷つけてきてばかりだ。
それでも……彼女は俺の事を愛してくれていた。
『私は……幸せになりたいよ』
幸せになりたい、その気持ちは俺に……届かずにいる事も多分気づいていながら。
「……私はミクちゃんが好きなんだ」
「未来は……どうなの?」
「俺も舞が……好きだ」
終わった、今、音をたてて崩れていくのがよくわかった。
俺と留美と舞の関係が壊れていく。
短いようで長かった数年間の俺達の絆、それを壊したのは俺だった。
「私は舞がずっと羨ましかった。いつも未来に優しくされる存在。私は何度も舞になりたいって思った。だって、“神保留美”には未来は優しくしてくれないもの。一瞬でもいい。“水崎舞”に無条件で向けられるその優しさが私は欲しかったの」
留美はベンチから立ち上がって、フェンスに向かって歩いていく。
そして、フェンスにもたれるようにして空を仰ぐ。
真っ白い雪の積もった世界を照らす青の空。
「人が人を好きになるのって理屈じゃないから、舞の気持ちもわからなくはないよ。……でも、やっぱり私は貴方が許せない」
「……ごめんなさい。るーちゃんの気持ちわかっていたのに、自分を止められなかった」
「舞なんて……大嫌い。貴方がいるせいで私には諦めるしか選択肢がなかった」
俺は「そういう言い方するな」と、2人の間に入るようにして言葉を出してしまう。
俺がいえる立場ではないことは明らかで、それでも舞を守ろうとする姿に留美は哀しそうな瞳をする。
「ほらね。舞はすぐに未来が助けてくれる。私は?私の事はいくら傷つけても何も言葉をかけてくれないの?かけてくれるわけないよね。私はただの幼馴染だもの」
自嘲するかのように微笑する留美。
ただのじゃない、大切な幼馴染だと言いたかったが今の俺の言葉は無意味だ。
舞を選んだ俺が言えるセリフではない。
「……約束って何のためにあるの?約束をするってことは相手を信じてなきゃダメ。だけど、人を信じても裏切られて、簡単に破られてしまう約束なんか……意味ない」
留美のために俺が出来た事はただそのぶつけてくる感情を受け止めるだけだ。
その叱責を受ける俺と舞。
その想いを真っ直ぐに受け止められずにいたんだ、嫌われて当然だよな。
「……信じてくれないかもしれない。だが、俺だって……」
「もう何も言わないでいいよ、未来。もう2度と私に期待させないで。これ以上、失望するのだけはもうホントにうんざりなの」
期待させないで、それは全ての行為を拒絶する言葉。
そこまで俺は留美を傷つけてしまい、彼女の心を踏みにじったんだ。
俺達は……本当にもうお終いなんだな。
12月の空はどこまでも澄んだ蒼い空だった。
留美がいなくなった屋上で俺は舞をただ抱きしめていた。
冷たい風が俺達を心の底から冷やしていく。
「るーちゃんとこんな終わり方は嫌だよ……」
今は難しいけれど、いつかは留美に認めて欲しい。
友達として接したいと願うのはホントに俺達のエゴだったな。
それでも……いつかはそんな“未来”があればと信じて。
「ミクちゃん……」
泣きそうな彼女を俺は支えてやるぐらいしか恋人として俺が出来ることはない。
『……舞だけは約束を破らないと信じてたんだけどなぁ。未来も舞も……私と交わす約束に価値も意味もないと思ってるの?信じてたのに裏切られたこの気持ち分かる?』
俺は留美との約束を破り続けていたんだよな。
「私ね……るーちゃんともう1度ちゃんと話がしたいんだ」
「今は無理だろ?」
「そうして、後延ばしにしてきた結果がこれだもの。もう後悔はしたくない」
「俺も一緒に行く」という提案を舞は首を横に振る。
「ううん。ミクちゃんがいると余計に話がこじれちゃう。これは私とるーちゃんとの問題でもあるから。お願い、私だけでやらせて欲しい」
これも彼女なりの覚悟なのか?
「俺に出来ることはないのか?」
「そうだね……あ」
彼女はパッと一瞬笑顔を見せる。
「キスしよ?」
俺の好きな微笑を浮かべて、唐突ながらも甘い言葉に俺は頷く。
俺は舞と唇を交じり合わせる、長いキスの後に舞は俺に言った。
「ミクちゃん、私はずっと貴方を愛します。ミクちゃんは?」
「何かプロポーズみたいだな。俺も舞を愛するよ。幸せにするから」
「ありがとう。ミクちゃん、何だか恥ずかしいね」
恥らう表情で笑みを見せる舞は可愛いというより綺麗に見えた。
だけど、その瞳はどこか儚げな感じを帯びている。
俺はまだ知らずいた、このキスが俺と舞との最後のキスになるなんて。
夜になって、俺は自室でゴロゴロと漫画雑誌を眺めていた。
手元の携帯電話に舞から連絡が来ないかな、と期待しているのだが中々来ない。
さすがに2人っきりだと現実問題、そうそううまくはいかないか。
俺は少々の心配を抱くが、舞の覚悟を信じることにしていた。
俺達が前に進むために、どうしても必要だから。
ふと、遠くの方で救急車のサイレン音が聞こえたのを耳にした。
嫌な予感、いや、それは……予感ではなかったかもしれない。
それから数十分後、ようやく携帯電話がなる。
「おっ、来たか?……って、雄輔からか。何だこんな時間に?」
俺は期待はずれに肩をすくめながら、電話に出た。
「どうした、何か用か?」
『未来か?よかった、すぐに電話に出てくれた』
「どうしたんだよ?焦った声で?」
なにやら切羽詰った様子の雄輔、普段、冷静だけにただ事ではないことを示している。
『……水崎さんが……事故に巻き込まれた』
「え……?」
舞が……事故に?
あまりにも突然すぎて言葉にならない。
「嘘……だろ?」
そう、この瞬間から俺達の運命は変化を遂げた。
……舞を失ったこの瞬間から。
その夜、窓の外には静かに白雪が舞っていた。
【 To be continue… 】
☆次回予告☆
舞の突然の死。
その衝撃に現実を理解できない未来は絶望の渦に沈む。
留美もまた心身ともに傷ついていた。
そんな2人はよりそう。
傷の舐めあいと知りつつも……。
【第19話:幸福崩壊】
それは確かに現実の出来事。
舞は、死んだ。